読書日記

桐野夏生 砂に埋もれる犬 朝日新聞出版 2021

2023.01.22書く

 



これは怖い。
虐待されて育った娘が、長じて自分の母親と同じく、こどもを産んだらどうなるか。  
 亜紀は、既婚者の男と交際し二度中絶したが、三度目の妊娠が判明した後、捨てられる。中絶費用が工面できずに、彼女は男児を出産。生まれた子を「優真」と名づけるが、彼女にはこどもを愛して育てることができない。
 亜紀は飲食店などで働くが、出会った男と肉体関係を持ち、子連れで寄生しようとするが、飽きられたら捨てられるという暮らしを繰り返している。優真には父親違いの弟篤人(8歳下)もできるが、……。
 優真は賢く逞しい子で、12歳まで弟と一緒に生き延びた。
しかし、食べ物を与えられず放って置かれ、母の男からは暴力を受け続け……。
 ある日、彼は母がホクトさんという今の愛人である男と自宅近くのゲームセンターで遊んでいる現場を見つける。
 仕事で家に帰れないというのは嘘だったのだ。
そして、自分が母を捨てることを決意するのだった。
優真は、学校へ行けず昼間から街を彷徨い歩き、コンビニに入っては、うっとりと商品を見つめていた ある時、空腹に耐えきれず、期限切れの弁当を捨てるのなら下さいと、店長目加田に頼むのだった。
 彼ら夫婦には24時間看護が必要な、重度障害者の一人娘がいた。こどもを授からない夫婦や重い障害のある子を愛情深く育てている家庭も少なくないのに、……。一方では産んだ子を育てたくない親、放ったらかして食事も満足に与えず、自らの享楽に耽る親もいる。その対比が鮮やかだ。
 その後ホクトさんに、殴られて顔面に大きなアザをつくり目加田のコンビニに現れた優真は、ようやく保護される。
 ああこれで、「めでたしめでたし」とはいかないのが、桐野の物語だ。
虐待されて育った子は、保護された後をどうやって生きていくのか。
 後に、13歳中1になったゆうまは一時収容施設、養護施設を経て目加田夫妻に里子として引き取られるのだが、……。風呂に入る、歯を磨く、箸の持ち方、食べ方、人との話し方……。優真は何も知らないのだった。
初めてのクリスマスに優真は、里親にねだって
「級友と仲良くなりたいから」とスマホを買ってもらう。
 だが、自分の過去を暴く者が、クラス全員に既にラインで知らせていて、友達はできない。誰一人ラインの番号を教えてくれない。
憧れていた街一番の金持ちの熊沢家を、保護される前からひっそりと盗み見していた優真は、偶然その家の娘花梨と同じクラスになった。優真は、密かに花梨に恋焦がれるのだが、彼女にラインの番号を尋ねるとけんもほろろに断られて、馬鹿にされる。
 そして、日に日に憎しみを募らせてしいく。
 遂に彼はナイフを購入し、刺し殺す練習を始める。花梨と彼女の友達、そして口うるさい里親の目加田も、殺すしかないと。
はてさて、本は残り数ページで終わるというのに。一体どうなるのか。ハラハラドキドキした。しかし、幕はいきなりストンと落ちた。
ここで、物語が終わるとは!

こんな終わり方はない。しかし、私は、希望を持った。
虐待された子は生き延びられない。小さいうちに死んでしまう。虐待されて育った子は、死んだ方が良い。自分の子を作らない方が、虐待の連鎖が止まる。本人と社会のためだなどという、結論は絶対に許せない。こんな不条理が続けられて良いのか。こどもは親を選べない。
そして親からの虐待被害者であるのにも拘らず、尚、そのこどもたちが周りのものから蔑まれたり、仲間外れにされて無視されるとは、酷すぎる!
彼らがもし犯罪者となったとしたら、その責任は果たして親だけにあるのだろうか。

桐野夏生の近作『日没』『インドラネット』『砂に埋もれる犬』は、三冊ともあっと驚く終わり方だった。
読者は、この続きを考えなければならない。いわゆる「考え落ち」だ。
いつも、現在の社会問題を彼女は選んで描いている。
桐野は既に文壇の大御所であり財もなしているのだから、社会の不条理に喘ぐ差別をされる者の側に立って、血の涙を流すかのような物を、書かなくても良い。
しかし、彼女のその筆の勢いは71歳になった現在も止まらない。

以前『グロデスク』を書いた時のインタビューで、彼女はあらゆる差別について書きたいのだと語っていた。